広島にある大久野島。
ここは、かつて日本陸銀の毒ガス工場が設置されていました。
イペリットを中心に製造されていたということです。
この事実は、1984年までほとんど知られていませんでした。大久野島の存在は秘密にされていたのです。
これは、当時の地区の偉い方が、地域の経済活性のために選んだ選択だということです。資料館のパンフレットの表紙には、「戦争の悲惨さを 平和の尊さを 生命の重さを」「この歴史を忘れないために 二度と再び繰り返さないために いつまでも平和であり続けるために」と記されています。
(図は、資料館のパンフレットの説明です。)
私は、この島に3年前に訪れました。
まだ、ロシアとウクライナが戦争を始める前です。
戦争は、まだ終わりません。それどころか、他の国も巻き込んでどこで紛争が起きてもおかしくないように感じています。そのたびに、ここで見たこと、聞いたこと、感じたことを思い出します。
毒ガスの詳細を知らされずに死んでいかれた方もいます。学生の人も製造に関わっていました。
機密性の低い衣服での製造は危険な作業だった事でしょう。
私が大久野島を訪問した際、何十人かの人が船に乗っていました。けれど、毒ガス資料館を訪問していた人はいませんでした。
世界で戦争が行われている今なら、多くの人が訪れているでしょうか?
現在、ここは、「うさぎの島」であり、家族連れが楽しく過ごせる「リゾート」です。
かわいいうさぎが、たくさんいて、ゆったりと過ごしています。
自然の中のうさぎと戯れることができます。
島の中には、戦争の遺跡がたくさんあります。日清・日露戦争、第二次世界大戦、朝鮮戦争に関わってきた歴史です。
火薬庫跡、砲台跡、発電場跡など立派な建物です。
打ち合わせ室、上司の避難場所など、現実味があって興味深いものです。
海・高台の自然、美しいです。数時間の散策はとてもお手頃。
しかし、わずかながらも化学に関わっていた私には、島全体が薬品臭いと感じました。臭いの強いところ、弱いところはありますが、実験室、合成を行っていた部屋の臭いと同じです。
このような臭いは体によくない、と言われてきました。
そう思うと頭まで痛いような気になってきます。
うさぎが大丈夫なのだから、問題はないのでしょうが、薬品製造を辞めて数十年(100年近い)では、完全に元に戻すことはできないのかもしれません。
SDGsに反しているのは、戦争です。
戦争は、人の理性を狂わせてしまうものでもあります。
次の図は、竹原市の観光ガイドブックからの抜粋です。